ゴブリンスレイヤー10話の感想と評価!内容やあらすじは

『ゴブリンスレイヤー』第10話「まどろみの中で」のあらすじと感想です。冒険はお休みして日常回です。

 

ゴブリンスレイヤーの姉




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第2話で提示されていた幼少期のゴブリンスレイヤーと牛飼娘との会話が再現されています。第2話では牛飼娘視点で語られていましたが、この第10話ではゴブリンスレイヤー視点です。





 

牛飼娘との諍いの後、ゴブリンスレイヤーは姉に「あの子に謝らなくっちゃね。人を妬むとゴブリンが出てくるんだよ」と諭されます。このくだりは第3話でゴブリンスレイヤーが独白しています。その夜、姉は得意料理のシチューを振る舞いますが、それが姉の作った最後のシチューになったと述懐します。

 

ゴブリンスレイヤー「子供の頃、冒険者になって魔物を倒すのだと思っていた。たった一人で俺を育てている姉を置いていきさえすれば──。」

 

ここで現在の時制で、たった一人で俺を育てて「いる」と現在形になっていることには注目です。姉は存命なのではないかと示唆されますが、現在の時制で姉はまだ出てきていません。

 

牛飼娘の願う未来




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上述の前半はゴブリンスレイヤーの過去の話。後半は牛飼娘が未来に想いを馳せる話です。






 

街では、冒険者が引退した後に新たな若い冒険者を育成するための「訓練所」を建てようとする動きがあると、受付嬢が説明します。全ての冒険者には未来があり、だからこそ年老いたり怪我をしたりなどによって引退を余儀なくされます。これが『ゴブリンスレイヤー』の世界観です。

 

当然ながら主人公たるゴブリンスレイヤーにも引退する時期は来るでしょう。水の都ゴブリン事件においては致命傷からなんとか復活しています。牛飼娘はゴブリンスレイヤーに好意を寄せており、だからこそ危険なゴブリン退治はほどほどにしてほしいと願っているようです。

 

人生譚としてのゴブリンスレイヤー




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この第10話、私たちの世界においてもそのまま当てはまると思いました。ゴブリンスレイヤーというフリーランスには遅かれ早かれ引退しなければならない時がくる。私たちだって、会社勤めであれ自営であれ、年老いたり事故に遭ったり時流が変わったりなどによって、その能力を発揮できなくなるときがやってくる。必ず。






 

そんなとき、どうすればいいのか。不器用なゴブリンスレイヤーにはわからない。いや、彼だけでなく誰にもわからない。

 

私たちは世界に名を轟かす正義のヒーローではありません。私たちは日々の些末な仕事をできる範囲で一生懸命にこなすゴブリンスレイヤーのようなものでしょう。

 

第1話のセンセーショナルな描写だけが話題になりがちな『ゴブリンスレイヤー』ですが、人生譚としてもなかなか稀有で感情移入のしやすい展開を見せていると思いました。



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