岡崎一明の経歴学歴、生い立ちとは?家族や過去と音声テープの内容【画像】

岡崎一明は元オウム真理教幹部という立場で有名です。様々な事件が連想されるオウム真理教ですが、この岡崎一明という人物の経歴や家族、学歴など、その謎につつまれた生涯を調べてみました。




・岡崎一明の経歴や学歴


・岡崎一明の家族と過去


・岡崎一明の音声テープの内容





岡崎一明の経歴や学歴





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名前: 岡崎一明 (おかさき かずあき)


ホーリーネーム: アングリマーラ


姓が何度か変わっている。出生時は岡崎⇒オウム時代は佐伯⇒逮捕時岡崎⇒現在は宮前


生年月日: 1960年 10月8日生まれ


出身地:山口県 




岡崎一明氏の名前の読み方はおかざきではなくおかさき、なんですね。ニュースのコメンテーターなんかもよく間違えて読んでいます。




岡崎家の次男として生まれた岡崎一明氏ですが、生まれた当時は未熟児だったそうです。そんな岡崎一明氏の母親は岡崎一明氏が10ヶ月だったころに養育放棄で失踪してしまいます。




その後実の父は岡崎一明氏を佐伯家に養子として出して、再婚します。ここからすでに岡崎一明氏は家族との繋がりがまるごとなくなってしまっているんですね。大きな事件で注目される人物は、その多くが家族との関係に何かしらがあった人物が多いです。岡崎一明氏もその1人だということでしょう。




岡崎一明氏は実の母が失踪していることのショックからか言語の発達が遅れていて、飼い犬とよく遊ぶ子供だったんだとか。当時は歌をうたうことや絵を書くことが好きだったとのこと。




養子に出された佐伯家は当時貧しく、水道もない片田舎に住んでいたようです。佐伯家の養母は宗教に熱心だったようで、津和野稲荷の信者だったそう。




岡崎一明氏の宗教への熱心さはここから来ているのかもしれませんね。養母は岡崎一明氏の様々なことに宗教を関連付けて話していたそうです。岡崎一明氏本人も5歳の頃から毎朝手を合わせて御題目を掲げている。




岡崎一明氏は小さい頃から”人のオーラが見える”と話していたようで、その影響ぶりがわかります。




小学校2年生のときから度々事故に遭い、10トンのダンプにはねられたこともあります。そして自転車に乗っていた岡崎一明氏は数十メートル吹き飛ばされるも2週間の入院生活後退院。オウム真理教に出家するまでに四度の事故に遭います。




なんだか色々ぶっ飛んだエピソードばかりです・・・。小学校から中学校までに様々な部活動で活動していて、器械体操、柔道、剣道、ブラスバンド、落語、美術部などを経験していきます。




結構活発な子供だったんでしょうか。今からでは想像がつきませんね。




高校時代〜就職








そして山口県立小野田工業高校工業計測科に入学後、学費を奨励金でまかないながら剣道部の部長となる。そして日曜日は様々なアルバイトをしながら生活していたようです。




結構な苦学生だったんでしょう。部活の部長をやりながらアルバイトも兼任していたとなるとかなり忙しかったはず。ここまでは普通の真面目な学生といった感じですね。




高校を卒業後は働きながら山口大学への夜間部に進学する予定でしたが、当時勤めていた土木会社の社長に入学金を渋られて退社。その後学習教材の営業所長の説明会で「これなら人のためになる!」と思いたち入社。




なんと一月で新人賞を受け取りトップの営業成績を誇っていたそうです。岡崎一明氏は普通に働いていたら真面目で才能のある若者だったのでしょう。というかエピソードだけ見ていたら普通に優秀な人だとわかります。




宗教・精神世界に傾いていく




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20歳を過ぎた頃、養母がアルツハイマーとなったことをきっかけに岡崎一明氏は様々な事を始めます。高額な千手観音の像を購入して毎日般若心経を唱えたり、有名な老師に会いに行ったり、口寄せ寺へ駆け込んでみたり・・・。




そのきっかけとなったのが「守護霊を持て」という当時のベストセラー本だったのだとか。ここからさらに宗教へ傾いていきます。




精神世界に関する本を読み漁り、ある日大きな気付きを得たのだそうです。




そこから営業成績は全国で2位にまで登りつめていました。かなり優秀ながら少しだけいびつになってきていますね。




しかしここで岡崎一明氏は部下に70万円騙し取られるという経験を経て会社を去ります。




オウム真理教に入信するまで





滋賀県内の製薬会社に就職後、漢方の薬剤師や鍼灸師と親しくなり始め、東洋医学などに興味を持ち始める。




この頃からヨガ、呼吸法、ピラミッドパワー(?)などのトレーニングを始め、さらには自力で修行を始めた。このあたりからオウム真理教への入信に近づいていくんですね。




その後紆余曲折ありつつも雑誌「ムー」にて麻原彰晃の空中浮遊の写真を見た岡崎一明氏は「直接電話をして話したい、本物かどうか確かめてみたい」と考えるようになりました。




そして岡崎一明氏はオウム神仙の会に直接電話をかけます。その時に直接電話に出たのが麻原彰晃本人だったそうです。これが大きなきっかけとなります。




その時の会話から麻原彰晃は”本物だ”と感じ、入信を決意したそうです。




人生何がきっかけになるかわかりませんね・・・。岡崎一明氏はその真面目な性格から宗教を熱心に信仰し、最後には盲信してしまっていたのでしょう。




岡崎一明氏の週刊文春の音声テープの内容とは?





岡崎一明氏の音声テープを週刊文春が入手したと話題になっていましたが、その内容を一部抜粋すると・・・。




「奥さんの方はね・・・これ(週刊誌に)書いちゃいかんよ、「子供だけは!」って言ってたよ。はじめ。それは小さい声だからわからないわけ。そう、そう、そう。もう切羽詰った声よ」




これまでの岡崎一明氏の真面目な経歴を読んだ後では信じられませんが、かなり冷酷、そして他人に関心がないというような、あるいは他人事のような感覚を覚えます。何が岡崎一明氏をここまで変えてしまったのか、どう思ってこんな事を話していたのか・・・。





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気になる芸能関係の記事や事件などのネタを調べてまとめています。お酒とカメラが好き。暖かい部屋でアイスを食べる、PCをイジる。それだけで幸せ。

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